【自分に正直に、苦悩の選手が選んだワクワクするセカンドキャリアとは 元社会人野球 選手 久保淳平】
■現役選手を引退、次のキャリアを拓くまでの葛藤
==仕事と両立して努力を重ねてこられてたかと思うのですが、選手を引退するきっかけはどん なものだったんですか?
三菱重工横浜に入団して 3 年目の 24 歳の時にイップスになったんです。急に投球時のリリ ースポイントが定まらなくなって、フォームか崩れていくような感じですね。今まで当たり 前にできていた事が急に全く分からなくなる・・・。凄く怖い感覚でした。チームの為にも 状況を脱しないとと、思えば思うほど、余計にドツボにハマっていくんですよね。この事が 引退を決意した一番大きな理由でしたね。球団にも 2 年程待ってもらったんですが、克服 できないまま引退をしました。
==実際に引退となると、今まで身近にあった野球から離れる抵抗みたいなものはありました か?
僕の場合、それはなかったですね。むしろ「やっと野球から解放される」というのが本音で した。あんなに色んな方に支えてもらいながら続けてきた野球だったんですけど、イップス の 2 年間が苦しすぎてやっと終われるって感じでした。小さい頃から続けてきた野球でお 金も得られるようになり、自分としては充分頑張ったとは思いますが、最後はチームにも大 きな迷惑をかけて、自分の野球人生良くない幕引きだったなと、今は思っていますね。
==イップスとなると相当苦しかったと思いますが、引退後のキャリアは何か考えてはいました か?
引退後のキャリアは全くと言っていいほど考えていませんでした。26 歳で引退し、その後 は三菱重工横浜の社員として勤務を開始しました。1 年程で部署異動になり、英文で送られ てくる契約書をソフトを使って日本語に翻訳する仕事をしていたのですが、仕事は定時で 終わり、繁忙期なんかもありません。ずっとアクティブに動いていた自分としては、正直「退 屈だな・・」と感じている部分もありました。ただ、ずっと野球しかしてきていませんでし たし、大したスキルもないですので、こんなもんかなと、自身のキャリアをあまり深く考え ていませんでしたね。
==では、次のベンチャー企業に移る際はどの様なきっかけがあったのですか?
先に引退した、チームの先輩から声をかけてもらったんです。その先輩は会社を辞めて人材 系のベンチャー企業で働いていました。野球をやめて、事務職として仕事をしているがあま り楽しくないと相談していたんです。そしたら「うちに来いよ」って、いつものパターンで すね(笑)。当然誘ってくれた事は凄く嬉しかったのですが、今回ばかりは即答はできません でした。
==意外です・・・。なぜその時は即答できなかったのでしょうか?また、「ベンチャー企業」であ る事への不安はなかったですか?
怖かったというのが本音です・・・。先輩がではないです(笑)。誘ってくれたのにまた期待 に応えられなかったらどうしようとか、まったく分からないビジネスの分野で自分が活躍 できる自信がなかったんです。ただ、その先輩がとても熱く語ってくれたのと、今スキルを 身に着ければ必ず自分の役に立つと直感的に感じていた部分もあったので、最終的には転 職を決意しました。
もちろんベンチャー企業へという不安は大きかったです。売り上げや社員数等当時の会社 とはまるっきり違いますからね。でも、「大きく何かを変えないと」みたいな思いもあり、 後先の事は考えずに飛び込む事にしました。
■大手企業からベンチャー企業へ、新たなフィールドで得られたもの
==実際に大手企業からベンチャーに移られて、一番の違いはどの様に感じましたか?また、そこでのキャリアを教えてください。
とにかく、責任の大きさと目線を高く持つことの必要性を痛感しました。今までだったら、 決められた業務を決められた時間に終わらせれば良かったんですが、ベンチャー企業だと そうはいきません。当時、名古屋支社の立ち上げといった状況だったこともあり、自分が営 業として売り上げないと支社が潰れてしまうといった状況の中で、どうしたら自分たちの 支社を守れるのかを考えながら仕事をしていましたね。そしたら、自然と目線も高くなって、 これから入社してくるであろう後輩の事や、支社の未来の事まで意識が向くようになりま した。こんな考え方は三菱に留まっていたら得られなかったと思いますね。
先ずは、名古屋市支社の立ち上げ期に入社をし、軌道に乗り、後輩社員も採用した所で 地元福岡の支社立ち上げを行いました。その後に東京本社に異動というキャリアの流れに なっています。
==支社の立ち上げなど、ご活躍されていたんですね。それにしても、転勤が多いですね。 そんなものですか?
そうですね。その当時は、少しでも自分に得られるものがある環境なら場所はどこでもって いう考えでしたし、新しい場所で新たなものに挑戦できるのも魅力だと思っていたので、違 和感や困った事も特にはなかったですね。まぁ、僕はどこでも生きていけると思います。(笑)
==それは、インタビューを通して私も思います。(笑)因みに、こちらの会社で久保さんが得た ものってどんなものなのですか?
難しい質問ですね・・・。月並みですけど「主体性」とか「当事者意識」みたいなものじゃない かなって思っています。言われたことを指示通りにこなしていれば仕事が回っていくみたいな ことはなく、名古屋や福岡の支社立ち上げでは、来年、来月、来週の事業所を守る為に今、自分 が頑張らないといけない。前のめりで仕事をする感覚や全員が主体的に動いてチームで勝ちに 行く事とかは、むしろ野球に近く、現役時代に戻ったみたいでワクワクしましたね。
==順調にキャリアを積まれて行っている印象ですが、ベンチャー企業を退社されたのはどんな きっかけからなのですか?
この頃は東京で働いていたのですが、母の体調があまり良くないとの事だったので、地元に 戻ろうと。所謂 U ターンっていうやつですね。今までのキャリアを手放すという事でもあ りましたが、多くの事を学ばせて頂いたので、この経験があればどこでも生きていける。次 の場所で活かしていこう。と、結構前向きな感じで退社を決めましたね。
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